語彙とは教養そのもの:『語彙力こそが教養である』を読んで

このブログも、書き始めてからそろそろ200記事を達成しそうな勢いです。

しかし、見返してみると、まぁ、あまり語彙力に成長が見られないと言いますか。

むしろ、下手したら、最初の方に書かれている記事の方が、もう少し難しい言い回しを使用しているのではないでしょうか。

ブログを書くコツの一つとして、『読者に分かりやすいような平易な言葉づかいで』というものを聞いたことがありますが、別に私は特段意識しているわけではありません。

そもそも、『難しい言い回しを知っているけれども簡単な言葉に書き換える』という行為と、『単純な言い回ししか知らないので、それしか書けない』という行為には天と地の隔たりがあるわけでして・・・

もう少し語彙力を高めたいものです。

というわけで、『語彙力こそが教養である』(斎藤孝著)を読みました。

タイトルがそのまんまでグサッと来ます・・・

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語彙とは教養そのもの

教養を測るものとして、語彙を挙げているわけです。

語彙力が高いということは、知っている語句の総量が多いわけです。

では、なぜ語句の総量が増えたのでしょうか?

語彙が増える過程で、たくさんのインプットがあったはずです。

そして、たくさんインプットしているということは、言葉や言い回し、リズム、そこに込められた教訓を身に付けているということ。

これはただの『知識』ではなく、『教養』以外のなにものでもないわけです。

ただの『知識』では『教養』になり得ない、ということは以前も書いた気がします。

『人生を面白くする本物の教養』(出口治明著)を読みました。 私自身、読書を趣味としており、そこで学んだことは多かれ少なかれその...

頭が痛いのは、語彙力とはただ単に知っているだけではなく、それを『臨機応変に使いこなせる力』をつける必要があるということ。

間違いなく、私は自分のものとすることが出来ていません。

本書には、定着させるためのアウトプットの方法がいくつか書かれているので、それを実践していきたいですね。

夏目漱石愛がすごい

すこし話題は変わりますが、本書を読んでいると、著者の夏目漱石愛がすごぐ伝わってきます。

いたるところで称賛しています。

例えば、日本の語彙を大きく変えた人物として紹介されています。

彼は、言文一致運動を推し進めた中心人物でした。

それまでは、書き言葉と実際の話し言葉は乖離していました。

書き言葉の方は、漢文調の格式ばった言い回しを使う傾向が強かったのです。

そういうのは不便だ、話し言葉と書き言葉を一致させようということで言文一致運動を始めたのです。

なぜ、明治時代に言文一致運動が盛んになったのかという背景も書かれており、本書を読むまで全然知らなかったのですが、結構面白かったです。

他には、今使いました『全然』ということば。

全然という言葉の後ろには、基本的に否定の言葉が続き、肯定がくるのは間違った使い方と教わった記憶があります。

つまり、全然好きですは間違いになるわけですね。

しかし、著者は夏目漱石も使用している例なので問題なしと言い切っています・・・

有名な話だそうですが、私は知りませんでした。

であるならば、私も同じように使ってみて、突っ込まれたらこのように返してみましょうか。

・・・

きっと、何を言っているんだこいつはくらいにしか思われないですね・・・

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